会社を退職するときの退職理由として用いられる独特の表現に『一身上の都合』というものがあります。
一身上の都合というのは、他ではほとんど用いられることのない表現ですが退職理由としてはごく一般的に使われています。
退職理由には一身上の都合と書いておけばOK、とするマナーブックもありますが、会社をやめるという大きな事態に対して本人も意味をよく理解できていないような表現を使うのは好ましくありません。
一身上の都合を退職理由として使用するのであれば、少なくともそれが何を意味しているのか、どんなことを指しているのか、ふさわしい使い方なのかくらいは理解しておきたいものです。
お決まりの文句として使われることが多い一身上の都合とはいったいどんな意味をを持つ表現なのでしょうか。
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『一身上の都合』の意味とは
「一身上の都合」とはその人の身の上に関する都合という意味で、わかりやすく表現するなら「個人的な事情で」ということを意味します。
Wikipediaには以下の様に記載されています。
労働者の個人的な理由で職を辞する場合、例えば、病気療養のため、結婚により家事に専念するため、老親の面倒を見るために出身地での就職を希望するため、自己の能力を生かせる職場に転職するためという意味で用いられる。
労働者が自らの意思で退職する場合、退職願には具体的事情を記入せず、「一身上の都合により」退職したい旨を記載するのが半ば社会的慣わしとなっている。また、労働法上も退職理由を申告する義務はない。
退職届だけでなく、前の職場を辞めた理由について、履歴書や職務経歴書に記入する場合もある。ただし、リストラなどの会社都合で退職した場合は「一身上の都合により」と記載することはできない。
引用:Wikipedia
退職理由として用いる場合は、個人的な事情で退職するということを意味し、会社側都合や公的な理由ではなくあくまでもその人個人の判断で退職を決断したということになります。
一身上の都合は退職理由として広く用いられる表現ですが、実際のところは具体的に退職理由を説明しているものではなく個人的な都合による退職であることを曖昧に示している表現です。
法律では退職届で退職する理由を明らかにする義務はなく、退職の意志が示されているのであれば正式な退職届としての効力が認められます。
一身上の都合という言葉は、具体的な退職理由を明らかにしない曖昧な表現ながら、理由についてとりあえず触れておくことでビジネスマナーに配慮していることを表せる便利な言葉です。
意味だけを考えれば「具体的な退職理由は明らかにしません」と言っているも同然なのですが、ビジネスの世界では慣習的に認められているので理由を明らかにせず退職したいときに一身上の都合という表現が便利に使われています。
現在のビジネスシーンでは深く考えず一身上の都合という表現を用いているケースが大半です。
退職届は効力としては重要な書類ですが求められるのは書類としての形式であり具体的な内容ではありません。
退職理由に関しては退職届の構成要素ではなくあくまでも内容の一部なので、具体的な退職理由だけでなく一身上の都合という表現さえも必須のものではありません。
明確に退職の意志が確認できるのであれば一身上の都合という曖昧な表現を用いなくても全く問題のない退職届を作れます。
退職理由に一身上の都合が使える時
一身上の都合という表現はどんな時でも使えるわけではありません。
一身上の都合は個人的な理由で退職する場合のみに使える表現です。
それ以外の理由で退職する場合は一身上の都合という表現は使えません。
退職理由における個人的な都合には以下のようなケースが当てはまります。
- 結婚
- 出産及び育児に専念するため
- 親や親族を介護するため
- 別の職場への転職
- 現在の仕事にやりがいを感じられなくなった
- 居住地の変更
企業側からの解雇や公的な理由で退職せざるを得ないケース以外であれば一身上の都合という表現が使えます。
一身上の都合という言葉が示す範囲は非常に広く、自己都合退職であればほとんどのケースが当てはまります。
本人の事情ではなく家族など周囲の都合による退職であっても、自分の判断で退職を決断したのであれば一身上の都合という表現が使えますし、なんとなく仕事を辞めたくなったというような理由も一身上の都合に該当します。
退職理由で一身上の都合が使えない時とは
一身上の都合というのは個人の事情による退職を意味します。
会社都合で退職する時
基本的には自己都合退職のみで用いられる表現であり、会社都合による退職のときは一身上の都合という表現は使えません。
会社都合による退職で退職届を作成するときは一身上の都合ではなく「会社都合により退職」という表現が適当です。
この場合は会社側の都合による退職であることのみが示されているだけで、具体的な内容についても触れられていませんが退職届の効力は成立します。
有期雇用契約が終わる時
派遣社員や契約社員など雇用契約の時点で、契約期限が定められていた有期雇用契約の場合も一身上の都合という表現はふさわしくありません。
有期雇用契約では、契約満了の時期が来たら退職するのは最初から決まっており、自己都合による退職でも会社都合による退職でもありません。
退職理由は個人的な事情によるものではないので、一身上の都合という表現は適当なものではなく、「契約期間満了により退職」と記入するのが正解です。
有期雇用契約は両者の合意があれば契約を更新し、雇用期間を延長することができますが、どちらか一方が更新を拒否した場合でも退職理由は契約期間満了となります。
会社側が契約を拒否しても会社都合にはならず、働く本人が拒否しても自己都合ではなくあくまでも契約期間満了による退職なので一身上の都合は使えません。
一身上の都合を使う際の注意点
自己都合退職以外では使ってはいけない
自己都合による退職でないのであれば、どんな理由であろうと一身上の都合という表現を使うべきではありません。
軽い気持ちで一身上の都合という表現を用いてしまうと、本来会社都合退職として処理されるべきものが本人の同意なく自己都合退職として処理されてしまう恐れがあります。
そのような扱いは不当なものであり法律違反に当たりますが、いわゆるブラック企業と呼ばれる企業の中にはどんなケースであろうとも会社都合による退職を認めず、無理やり自己都合退職にする悪質なふるまいが見られます。
退職届に一身上の都合という表現を用いてしまえば、そのことを理由に自己都合退職をでっち上げられる可能性があります。
一身上の都合という表現を使ってしまったばかりに、会社都合による退職を取り消されてしまうと失業給付金の扱いが不利になってしまいます。
たった一言の表現のせいで本来受け取れるべき失業給付金を受け取れなくなってしまったら悔やんでも悔やみきれません。
労働基準監督署に訴えて改善を求めるにしても長い時間と労力がかかります。
退職で不当な扱いを受けないためにも、自己都合退職に該当しない場合の退職届では一身上の都合という言葉は絶対に使わないようにしましょう。
大きなリスクを伴うことがある
一身上の都合という表現を使うべきではないのに、使ってしまうのは大きなリスクが伴います。
何故ならば一身上の都合という表現を用いてしまうと自己都合による退職とみなされてしまう可能性があるからです。
自社都合による退職と会社都合による退職では、退職後の失業給付金(失業保険)の取り扱いに大きな違いがあります。
自己都合退職では失業給付金の給付日数は90~150日ですが会社都合の退職だと90~330日と会社都合の退職のほうが給付期間が長くなります。
給付開始までの日数も自己都合退職だと離職票を提出後の待機期間7日に加え、3カ月が経過しないと給付が開始されませんが、会社都合退職では提出後の待機期間7日に加え1ヶ月後に支給が開始されます。
失業保険の扱いに関しては会社都合による退職のほうが圧倒的に有利です。
企業によっては会社都合での退職なのに、退職届に一身上の都合と書くように要求してくることがあります。
もし、その要求に従って退職届に一身上の都合と書いてしまうと本来会社都合として処理されるべきなのに自己都合として処理されてしまう恐れがあります。
企業にとって会社都合による退職は好ましいものではないことから、不適切な処理で自己都合として処理し泣き寝入りを迫る悪質なケースも報告されています。
マナーとしては正しいが場合によっては退職理由を尋ねられる可能性あり
一身上の都合という言葉は、退職届のビジネスマナーにふさわしい表現です。
退職届では、退職理由を明らかにする義務はありませんが、提出する相手によっては具体的な退職理由を明かさないまま仕事をやめることに不快感を示される可能性があります。
特に上司ともめて会社をやめるケースなど、退職について上手く合意形成できていない場合は一身上の都合という表現に納得せず退職理由を明らかにするよう強く迫られる可能性があります。
上司ともめて退職する大抵のケースでは、本当の退職理由を明らかにすると相手が激怒して問題がさらにこじれてしまいます。
スムーズに退職するためには、なんと言われようと本当の退職理由を明らかにすべきではありません。
一身上の都合に納得せず退職理由をしつこく聞かれて解放してくれない場合は、それらしい理由をでっち上げるのもひとつの方法です。
嘘も方便といいますが、退職する職場の上司との関係に配慮する必要はありません。
将来への不安や家族の都合など上司が不満に感じないそれらしい理由を伝えておけばOKです。
退職届には使えるが転職面接には使えない
退職届に記入する退職理由として一身上の都合という言葉が使えますが、この表現が通じるのは退職の場合のみです。
退職後の中途採用面接では前職を辞めた理由を聞かれますが、そのときは一身上の都合は通用しません。
面接担当者が聞きたいのは前の仕事を辞めた具体的な理由です。
曖昧な一身上の都合という言葉では回答として成立しておらず、さらに突っ込んでなぜ辞めたのかを聞かれるだけです。
転職面接では一身上の都合という表現は使わず具体的に退職した理由を伝えましょう。
人間関係の不満や給料額、通勤負担や家族都合など、どんな理由であっても大きなトラブルが理由でない限り中途採用で大きなマイナスになることはありません。
一身上の都合の内容を聞かれたらどうする?
一身上の都合の内容を聞かれた場合は、
- 本当の理由を話す
- ウソの理由を話す
- 話さない
の3つの選択肢があります。
どの選択肢を選ぶかは相手との関係や本当の退職理由によって判断がわかれます。
本当の理由を話す場合
本当の退職理由が特に問題がないものであれば、本当の理由を話して構いません。
相手が誰でどんな関係であろうと本当の理由を話せばそれでおしまいです。
ウソの理由を話す場合
本当の退職理由が人に話しにくい理由である場合、本当の理由を話すとトラブルになりかねないのでウソの理由を話すか話さないの2択です。
上手にウソをつける自身があり、今後相手と関わることがないのであれば嘘の理由でその場をやり過ごすのもいいでしょう。
上手くウソを付く自信がない、あるいはウソはつきたくないというのであれば男と言われようと本当の理由は話さずに通すしかありません。
相手は不満に思うかもしれませんが、退職理由というデリケートな話題にしつこく触れてくるほうがマナー違反です。
法律でも退職理由を明らかにする義務はなく、むしろしつこく聞いてくるほうが人権を侵害する行為です。
否は相手方にあるのですから一身上の都合の内容を聞かれたときの対応は自分の思うように堂々と行動しましょう。